山の辺の道・天理~桜井

昨日奈良の山の辺の道を歩いてきました。

ここは毎年訪れるマイウォーキングコースの一つです。

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いつも通り駅前から天理本通り商店街を進んで行きます。

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本通商店街を抜けると天理教総本部の建物が見えてきます。

天理教立教147年に竣工された東西礼拝場は、総檜づくりの荘厳な
建造物です。早朝から多くの信者の方で賑わっています。

天理教総本部前から石上神宮方面へと進んでいきます。
1㎞程進むと石上神宮に着きます。

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神社の入口には柿本人麻呂の歌碑があります。

石上神宮は、桜井から奈良への中間に位置し、飛鳥時代の豪族の
物部氏の総氏神として、大神神社と同じく日本最古の神社として
有名です。
元々は古来朝廷の武器庫として物部氏が守っていたようです。

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石上神宮が山の辺の道のスタートになります。
石上神宮沿いを北に進めば北山の辺の道になります。

参道ではいつも沢山の鶏が放し飼いにされています。

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山の辺の道の案内図前を進んでいきます。

石上神宮からしばらく進むと内山永久寺跡に着きます。

池の横には松尾芭蕉の句碑があります。

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内山永久寺は石上神宮の神宮寺として盛時には50以上の堂塔を
誇った真言宗の大寺院であったようですが、現在は池だけが跡地に
残っているだけです。

柿畑の道を登りその先急な石畳の道を下っていくと天理観光農園の
からみかん畑の横を下り夜都伎神社前へ。

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この辺りでは珍しい萱葺き屋根の拝殿が広場の右手に建っています。
屋根の一部は崩れ落ちそうになっています。

夜都伎神社前から古い集落の間を進み竹之内環濠集落へ向かいます。

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大和地方で戦国乱世が長く続いたときに自衛のため村の周囲に
環濠を巡らし外敵から村を守ったもので、今でも一部その名残が
残っています。

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大和古墳群を眺めながら、菅生環濠集落横の西山塚古墳前から
長岳寺へと向かいます。

道沿いには無人の露店があり色々な野菜が売られています。

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大和神社御旅所から柿本人麻呂の歌碑前を進んで長岳寺へ。

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この時期の長岳寺は、山門をくぐると参道から背丈より高いつつじの
花道が続きます。

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重要文化財に指定されている楼門から境内へ入ります。

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長岳寺は天長元年(824年)に淳和天皇の勅願により弘法大師によって
開基されたと伝えられているようです。

この時期は境内のつつじの花が有名で、関西花の寺第19番になって
います。

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長岳寺横の天理市トレイルセンターで昼食。
ここが丁度桜井との中間地点になるため、いつも大勢の方で賑わっ
ています。

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天理市トレイルセンターから崇神天皇陵、景行天皇陵横を進み三輪山
方面へと進んで行きます。

この辺りからは桜井方面からの方が大勢歩いてこられます。

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途中後方に三輪山が見える絶景ポイントがあります。

大和青垣からまずは桧原神社へ。大神神社の摂社で元伊勢とも
呼ばれ三輪山をご神体としています。

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この神社は、神殿や拝殿もなく三つの鳥居が建っているだけの
珍しい神社です。
西方向には締縄の間から二上山が見えるポイントです。

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桧原神社から玄賓庵の白壁横を通り狭井神社へ。

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狭井神社も大神神社の摂社で、正式な名前は「狭井坐大神荒魂神社」と
いい、社伝によれば創祀は垂仁天皇の時代とされています。

拝殿の左後ろに、この神社の由来になっている神水の井戸・狭井が
あります。

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さらにここの境内から三輪山への神体山登拝へ向かう入口が
あります。
神社背後の標高467.1mの三輪山山頂に高宮神社があり、信仰者の
登頂を認めています。社務所に願い出て、住所・氏名・
入山時間・性別を記入し、登拝口で祓いをすませれば、木綿襷を
肩にかけて誰でも登頂できます。登拝入口に往復2~3時間と表記
されています。

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狭井神社のすぐ横が大和の国の一宮大神神社です。別名三輪神社
ともいい、神話にも登場し、大和朝廷の設立から存在する日本
最古の神社と呼ばれる歴史ある神社です。

神社の中で重要な本殿はなく、背後の三輪山を御神体とする日本
古来の神道の形式が残っている神社です。

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神社横の斜面に余り見かけない珍しい花の銀竜草が咲いています。

大神神社からしばらく進むと平等寺があります。

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平等寺は581年聖徳太子が賊徒を平定するため、三輪明神に祈願して
賊平定後十一面観音を彫んで寺を建立し大三輪寺と称したのに始ま
りとされていて、東西500m、南北330mの広大な境内に七堂伽藍と
十二坊の大伽藍が建立され、三輪社奥之院として由緒ある名刹で
仏法の根本修行道場として栄えたようです。

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平等寺から下っていくと金屋の石仏があります。

2体の石仏があり、右が釈迦如来像、左に弥勒菩薩像といわれてい
ます。
平安時代後期から鎌倉時代の間に造られたらしく、いずれも高さ
約2m、幅約80cm、厚さ約20cmの石棺の蓋と見られる泥板岩に
柔らかな線で浮き彫りされています。

金屋の石仏から進んでいき海柘榴市へ向かいます。伊勢本街道に
合流し、民家の間に入ると海柘榴市観音堂があります。

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鉄格子越に中を見ると石刻らしき仏像二体が中心にあります。その左右
にも仏像らしきものが見えます。

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ここから伊勢街道の分岐の石の道標前を通り、大和川沿いに進むと仏教
伝来地の大きな石碑が建っています。

難波津から大和川を遡行してきた舟運の最終地で、大和朝廷と交渉を
持つ国々の使節が発着する都の外港として重要な役割を果たしてきた
ようです。
仏教伝来の百済の使節もこの港に上陸し、すぐ南方の磯城嶋金刺宮に
向かったとされています。

ここから最終地点の近鉄電車桜井駅へと向かいました。

昨年歩いた伊勢本街道です→伊勢参宮街道・上街道(大和神社~慈恩寺追分

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今回歩いたコースは、散策を含め約18㎞でした。

↓下記写真をクリックすると大きくなります↓

2014.05.06.山の辺の道

今回写した写真です→2014.05.06.山の辺の道












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genre : 趣味・実用

tag : 奈良大和路

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プロフィール

ちゅうさん

Author:ちゅうさん
◆日本ウォーキング協会公認ウォーキング指導員・健康ウォーキング指導士
◇2013.01.~07.伊勢本街道完歩
◇2008.06.~2010.04.熊野古道紀伊路・中辺路完歩 ◇2010.04.~2012.03.四国八十八ヶ所霊場歩き遍路結願
◇2009.07.~2010.11.東・西・中・下高野街道完歩・・等
詳細はホームページへ↓
http://letswalking.web.
fc2.com/

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