西国街道・西宮~三宮

本日西国街道を西宮から神戸三宮までの約16㎞を歩いてきました。
市街地コースのため、残念ながら旧街道の面影は殆ど残っていません。

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阪神電車西宮駅からスタートし西国街道へ。街道を西に少し進んだ所に
西宮神社があります。
福の神として崇敬されている えびす様をおまつりする神社の総本社です。

朱色の表大門から境内へと入っていきます。10日えびすの早朝ここから
福男を目指してスタートする門で有名です。

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10日えびすの当日1月10日は、未明から多数の人が表大門の前に集合し、
午前6時の開門と共に230メートル先の本殿を目指して駆け抜けます。
そして3着までにゴールした人がその年の福男となリます。

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南門から外に出て国道43号線を西へと進む道が西国街道です。
しばらく国道43号線沿いを西に進み、夙川を越えて阪神電車打出駅の
の北側へと進んでいきます。

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阿保親王廟のい石碑前をしばらく進み細い路地へと入っていきます。
西国街道の近く国道2号線に合流手前の国道沿いに芦屋市茶屋之町の
石碑があります。

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西国街道に戻り国道2号線へと進む道沿いの民家の塀に、この道は旧西国
街道の名残ですと書かれた木札が張ってあります。

国道2号線に合流して芦屋川を渡りしばらく進むと神戸市へと入ります。
三宝神社前を進み少し先の路地を右に入り十二間道路を横断します。
路地を進んでいくと住吉川の手前に花松首地蔵があります。

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この地には花松地蔵という石仏が祭られていて、首から上の病気平癒に
霊験があると信仰されていたようで、大正時代に現在の首から上の地蔵
像が造られたようです。

2号線に合流後住吉川を渡り住吉神社手前から南に下ります。
住吉公園前へと進み阪神電車御影駅方面へ。

御影駅前には澤之井の地の石標があります。

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御影駅の高架下には沢の井があります。

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神功皇后が朝鮮半島に出兵した帰りに立ち寄り、化粧のため姿を映した
ところ、鮮やかに映し出されたため「御影」の地名がついたと伝説され
ている井戸です。

阪神電車の高架沿いを進み、富玉稲荷神社の前を右に曲がると、西国
街道の松があります。この松の前を西へと進んで行きます。

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一里塚橋を渡り進んでいくと、石屋川沿いに徳川道の起点があります。

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徳川道は神戸開港に伴い、外国人と大名行列の衝突を避けるために、
神戸市灘区の石屋川から、明石市大蔵谷間を六甲山中を抜けて迂回する
道です。開通3年後には、外国人居留地を小迂回する別の道が設けられ、
あまり使われないまま廃れていった幻の道です。
今でも摩耶山などに徳川道の名前の付いた道が一部残っています。

石屋川の西国橋を渡りさらに西へと進んでいきます。

処女塚道標前を進み都賀川の公園前から国道2号線に合流します。

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国道2号線に再び合流後先の分岐を王寺公園方面へ進みます。
阪神電車の岩屋駅前から春日野道商店街方面へ。

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春日野道商店街を横断し三宮方面へと進んでいきます。

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生田川を渡ると神戸の中心地三宮はもうすぐです。

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生田川を渡ると人通りが多くなってきます。道路にはたくさんの自転
車が止められていて歩きにくくなります。

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駅前近くに西国街道の説明板がありますが自転車が多く止められて
いて残念ながら近づけません。

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説明板前を進むとJR三ノ宮駅の構内へと入っていきます。

今回写した写真です→西国街道・西宮~三宮

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京街道・守口文禄提から大阪高麗橋

本日地下鉄谷町線守口駅から京街道を高麗橋まで歩きました。
守口駅前から国道1号線を少し東に進み八島の交差点から京街道へ。
路面に京街道のプレートがあります。

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ここから緩やかな傾斜を登っていきます。坂道を登りきった所が
文禄提で、周囲より高くなっています。
しばらく進むと京街道の説明板があります。

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枚方市から大阪市長柄まで全長約27km続くとされる堤防で、文禄3年
(1594年)に豊臣秀吉が毛利輝元、小早川隆景、吉川広家に淀川の
改修工事を命じて建設されたようです。
堤防の上は大阪と京都を結ぶ最短路で京都方面へは京街道、大阪方面
へは大坂街道と呼ばれています。
文禄提は、現在この辺りの約1kmが残っているだけになっています。

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文禄提の旧守口宿跡を進んで行きます。
途中左の十三夜坂を下っていくと中高野街道のになります。
中高野街道を歩いたときのPHです→中高野街道

守口宿は、徳川家康が関ヶ原の戦いで勝利した翌年、秀吉の造った
京街道の、伏見・淀・枚方・守口の4宿を東海道に加え東海道を57次
としたひとつです。

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文禄提を下り京阪東通り商店街へと進んで行きます。
商店街に入り途中左に進んだ所に守居神社があります。

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社記によると延喜18年(918)淀川洪水の時、西南石礫の渕で我天
童神也、我を祀れと振鈴の声でお告げがあったので、土を居いて
御祀りしたのが始まりと伝えられています。

商店街の中を進み途中で右国道1号線へと向かいます。
銭湯の向に清沢寺開基実悟上人荼毘所旧跡の石碑があります。

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実悟上人は永禄年間の始め頃(1588~)当地に立ち寄り、荒廃した
寺を再興し、土居坊と称しました。後に上人の姓を清沢とり清沢寺
と改称されたようです。

国道1号線に出て左へ進むとすぐに大阪市内へと入ります。
この辺りから大阪市によって設置された道標がいくつかあります。

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まずは説明板になっている大きな石造りの来歴があります。数は少な
いですが熊野街道(熊野古道)で多く見受けられるものと同じです。
さらに大阪城京橋口からの距離が示されている石標があります。

路面にも京かいどうのプレートが埋め込まれています。
千林の商店街へと進み商店街内を通り抜けます。ここにも来歴碑が
ありました。
千林は、日本で最初のスーパーマーケットと言われるダイエーが
「主婦の店・ダイエー薬局」として1957年に商店街の東端、京阪電車
千林駅前で開店した場所です。

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地下鉄谷町線の関目高殿駅前から野江方面へと向かいます。
この辺りの旧街道は道が入組んでいて分かりにくいですし道標が
ありません。
すぐ近くにに明治天皇聖躅碑がありました。明治天皇聖躅碑は、
大阪市内に31本建てられましたが、約80年たった現在も20本近くが
残っているそうです。

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この辺りから比較的新しい京街道の石標があります。
旭国道商店街を通り抜け城北筋に出て野江へ。

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野江4の交差点から都島通に入りすぐに左へ進んでいきます。
しばらく進むと京橋駅前へつながる商店街が見えてきます。

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商店街を通り抜けるとJR、京阪電車の京橋駅前です。
JRの高架橋にも京街道と書かれています。

京阪電車の京橋駅を通り抜け土佐堀通に出ます。
ここから天満橋方面へと進んで行きます。左には大阪城が見えて
きます。

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寝屋川橋東詰めの交差点脇に京橋川魚市場跡の石碑が立っています。

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説明板によれば、石山本願寺の時期の設けられた鮒市場とされ、もと
もとは漁民が京橋北詰に川魚を持ち寄って販売する市のようなもの
だったと考えられるようです。

寝屋川橋を渡り京阪電車の天満橋駅前へ進みます。
駅前の永田屋昆布店前には熊野街道(熊野古道)の陸の拠点となる
八軒屋船着場跡の石碑があります。

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この先には熊野かいどうの来歴碑が建っています。
2008年の6月にここをスタートして熊野三山を目指した時の思い
出の地です。
熊野古道を歩いたときのHPです→熊野古道・熊野三山への道のり

熊野かいどう来歴碑前をまっすぐ進み阪神高速道路手前を左に
曲がると京街道の基点高麗橋です。

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高麗橋の横には程元標跡があります。
江戸時代の里程計算の起点は、高麗橋の東詰にあり、ここが京街道・
中国街道・紀州街道など諸国への道のり、車馬賃の基点となっていた
ようです。

8月にここから中国街道を歩きました→中国街道・大阪高麗橋から西宮

この後、大阪光のルネッサンス2012を見るため心斎橋へと向かいました。

今回写した写真です→京街道・文禄提から高麗橋


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中国街道・大阪高麗橋から西宮

昨日中国街道(大阪高麗橋~西宮)を歩いてきました。
中国街道は大阪高麗橋を起点として、尼崎から西宮へ通じ、西宮で
西国街道と合流して山陽道となって下関へ向かう街道で、江戸時代には、
幕府道中奉行の役人が使用した公的な街道として認められていたよう
です。

まずは大阪の起点高麗橋からスタートしました。

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高麗橋横に里程元標跡があります。
江戸時代の里程計算の起点は、高麗橋の東詰にあり、ここが京街道・
中国街道・紀州街道など諸国への道のり、車馬賃の基点となっていた
ようです。

高麗橋を渡り堺筋を横断し北浜方面へ進みます。
北浜から通称ライオン橋と呼ばれている難波橋を渡ります。

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西天満のビル街の間を進んで行きます。
扇町通り沿いに、弘仁12年(821年)に弘法大師が嵯峨天皇の勅願に
より創建された大融寺があります。
豊臣に縁の深い大融寺には、淀殿の遺骨が埋められ、九輪の塔
(現在戦災に依り六輪)を建て境内西北隅に祀られています。

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扇町通りを横断し阪急東通商店街方面へ向かうと綱式天神社があります。

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綱式天神社は、弘仁十三年(西暦822年)に、第五十二代天皇の嵯峨天皇
が当地に御行され、現在の御本社の位置に仮の御殿を構え一宿された
事に由来する神社です。

飲食街を通り抜け、新御堂、JRの下をくぐり茶屋町へと進みます。
高層ビルの前に鶴乃茶屋跡の石碑があります。
この辺りの町名の由来になっている鶴乃茶屋があったところです。
さらに、阪急カッパ横丁横を進み中津方面へと進むと、元萩之橋の
石碑があります。ここが能勢街道の起点になっています。

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元萩之橋跡から中国街道は左に進みます。JRの下をくぐり淀川
方面へと進んで行きます。
淀川堤防に登り阪急電車の下をくぐりると、十三大橋の東詰めに
道里標が建っています。十三大橋を渡ると橋の西詰めには十三渡し跡の
碑があります。
この日は淀川の花火大会のため、川沿いには沢山の柵が設置されて
いました。

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十三から三津屋の町並みへと進んで行きます。JRの北方貨物線を渡り
しばらく進んでいくと、香具波志神社があります。
香具波志神社から山陽新幹線の下をくぐりしばらく進むと神崎川に
出ます。

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神埼橋を渡り少し川上に進むと神崎の渡し跡があります。
神崎は神崎川・猪名川・藻川が合流する地点にあり、古くから交通の
要衝で、京や大坂から西国、あるいは摂津有馬温泉、但馬城崎温泉へ
向かう玄関口でもあったようで、大きな金毘羅さんの石灯籠があります。

近くには有馬街道との交点に道標型のお地蔵さんがあります。

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神前橋に戻り右に下っていくと一心地蔵尊があります。

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ここからすぐ近くの西川八幡神社の境内には、尼崎藩領界碑があります。

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領有関係が複雑であった尼崎藩の領地の範囲を示すために設置された
石碑で、これまで領界碑は16基確認されており、石材・字体・寸法
などは全く同型この碑では「他領」が異体字の「佗領」と刻まれて
います。

西川八幡神社から神崎川沿いに戻り下っていきます。
神崎川沿いから長洲方面へと進んで行くと、長洲連合福祉会館前に
道標があります。

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文化五年戌辰三月吉日の道標で、中国街道と伊丹有馬道との分岐の
ようです。ここから南に下り、阪神電車大物駅前へと進んでいきます。
この辺りは2週間前にW倶楽部の例会で歩いた所です。

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大物橋跡の石碑前から国道43号線を歩道橋で横断して築地へ進んで
行きます。
川沿いの緑道を右に進んでいくと大国橋跡の石碑があります。

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しばらく進み戎橋を渡って国道43号線の北側へ向かいます。
しばらく国道43号線を進んでいくと貴布禰神社があります。
貴布禰神社は全国に約460社(その内、福岡140社、大分94社)あり、
総本宮は京都・鞍馬の貴船神社です。
貴布禰神社からで屋敷方面へと進んでいくと道標があります。

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ここから左西方向へ琴浦方面へと進んで行きます。
路面に琴浦通りの中国街道の案内板があります。

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琴浦通りから右側の旧道へ入り武庫川方面に進むと川沿いに雉が坂が
あります。

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本能寺の変を知り備中から急ぎ引き返す秀吉一行がこのあたりまで
来た時、あわただしく雉が飛び立つのが見えたため、対岸で明智光秀の
兵が待ち伏せしていることを知り、道を変えて難を逃れたようです。
武庫川の堤防に登るこのなだらかな坂道を雉が坂と呼ばれています。

ここから武庫川を渡り西宮方面へと進んで行きます。
武庫川を渡ると西宮市へ入り、旧国道を西国街道の交点へと進んでい
きます。岡太神社前をから阪急電車今津駅前へと進んで行きます。

甲子園から最終地点の国道171号線へと進みます。

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旧国道と国道171号線の交点に着きました。この辺りが京都からの
西国街道との合流地点で、この先山陽道として西国へと向かう道に
なります。

ここから阪神電車の西宮駅に向かいました。

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昨日歩いたコースです → 中国街道・大阪高麗橋~西宮

今回写した写真です→中国街道








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tag : 旧街道 中国街道 ウォーキング

西国街道・高槻~桜井

昨日W倶楽部の例会の下見を兼ねて西国街道を歩いてきました。

西国街道は、京都から西宮へ、さらに西宮から下関、九州へ続く
山陽道を総称して西国街道と称されています。
京都東寺近くの羅城門跡が起点で、西宮まで大阪を経由せずに西国へ
抜ける脇街道として山崎道とも呼ばれ、西国大名の参勤交代に利用され
たようです。

今回はその中間の高槻から桜井までを歩きました。

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JR高槻駅前からスタートし商店街を通り抜け西国街道へ。
この辺りは旧芥川宿があった所で一部古い町並みが残っています。

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西国街道を進むとすぐに芥川一里塚が見えてきます。

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西国街道にはいくつかの一里塚が残っていますが、宿場町であった
芥川宿の東のはずれにあったとされているのがこの芥川一里塚です。

この辺りには、切妻造り、中2階建て漆喰塗り込めの虫籠窓、格子窓
などがある伝統的な町並みの面影が一部残っています。

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街道を進んでいくと地蔵堂の前に愛宕山献燈があります。
さらに近くには金毘羅大権現のい常夜灯があり、従是道法六十三里半と
書かれています。おそらく金比羅宮までの道のりのことでしょう。

芥川橋の手前には橋詰地蔵尊があります。右横には、神峰山寺毘沙門天
従是四十丁と書かれた享和元年の道標があります。

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芥川を渡りしばらく進むと、いましろ大王の杜の矢印があったので立ち
寄りました。ここは今城塚古墳公園になっています。中央には今城塚
古墳があり、淀川流域では最大級の前方後円墳で、西向きの墳丘の
周囲には二重の濠がめぐり、総長約350メートル・総幅約340メートル
あります。
ここでは、日本最大の家形埴輪や精緻な武人埴輪が発見されています。

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近くには無料で入館できる今城塚古代歴史館があります。開館が10時
からのため残念ながら見ることはできませんでした。

西国街道に戻り進んでいくと太田茶臼山古墳があります。

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ここは経体天皇陵として宮内庁の管理になっていますので、先ほどの
今城塚古墳のように自由に入ることはできません。

街道を進み雲見坂を下って行くと、太田の町並みになります。この
辺りも長屋門等のある古い建物が残っています。
阿為神社御旅所、法華寺、安養寺前を進み、鼻摺古墳から耳原公園に
立ち寄りました。

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耳原公園は、耳原大池と、その外周部約4万5千平方メートルの敷地に
日本庭園をイメージして整備され、滝やあずまや、芝生広場等が
あります。

西国街道に戻り幣久良橋に進みます。橋の横には白井河原合戦跡の
説明板があります。

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元亀2年(1571年)8月28日に白井河原一帯で行われた戦い。池田氏の
一家臣であった荒木村重が、摂津国内で勢力を拡大するために起こした
戦いと考えられていて、この戦いに勝利した荒木村重は織田信長からも
一目おかれるようになったようです。

街道を進み府道との交差点に大きな道標があります。ここが亀岡街道
との交点のようです。
東・大津・京都・八幡・山崎・芥川  南・堺・住吉・大坂・吹田・
茨木 西・姫路・神戸・池田・岡・箕面

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道標の横には「中川清秀由緒地」の碑があります。この辺りが中川
清秀の生まれた場所とされています。

国道171号線を横断してしばらく進むと郡山宿に着きます。ここには
郡山宿本陣が残っています。
この辺りは石畳になっていて、旧宿場町の雰囲気がかもし出されて
います。

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江戸時代の本陣のほぼ原形をとどめている建物として、国指定史跡と
なっていています。椿本陣と呼ばれるのは、正面脇に椿の大樹があった
からのようです。
残された宿帳から、摂津、備前、備中、美作、讃岐などの諸大名や、
赤穂城主浅野内匠頭が宿泊したことが知られています。

街道を進み大阪モノレールの豊川駅前を進んでいきます。

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豊川駅前から坂道を登ると春日神社御旅所前に楠水龍王宮があります。

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前には、伊勢神宮の常夜灯と、左 京ふしみ道と書かれた享和二年
(1802)の道標があります。
この辺りにも古い建物が数多く残っています。
しばらく小野原の古い町並みを進んでいくと、右手に大きな鳥居が
あります。

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ここが、西国三十三ヶ所観音霊場二十三番札所勝尾寺への表参道の
入口です。ここから約4㎞、36の町石があり、一部の町石は最古の
町石として国の史跡に指定されています。

鳥居前を進み西宿から一旦国道171号線を進みます。萱野4の交差点を
左に曲がり先を右に進んでいくと、萱野三平邸跡があります。

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1973年に大阪府の史跡指定を受けています。浅野内匠頭の切腹とお
家取り潰しの報せを赤穂まで早籠で伝えた萱野三平の屋敷跡です。
忠臣蔵の討ち入りの11カ月前の主君の命日に、討ち入りに父が反対した
ため悩み、「晴れゆくや日ごろ心の花曇り」を辞世に自殺をとげた
長屋門が残されています。

牧落の交差点から国道171号線を横断し先を右斜めに進んでいくと、
牧落の高札場跡があります。

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もとは牧落村の高札場(掲示板)であり、幕府、領主などの命令規則の
おふれを書いた木札を掲示しました。またここは、箕面街道と西国街道
の交わる四ッ辻にあり、方向の目安となる道標が今も2基残っています。

一番通りの保護樹木(3本のケヤキ)の前を進み阪急電車の踏切を渡ります。
一番通りを進んでいくと阪急電車の桜井駅です。

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今回写した写真です→西国街道・高槻~桜井

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樟葉から中書島へ京街道ウォーク

本日京阪電車の樟葉から京街道の一部を歩いてきました。
京街道といかにも歴史いっぱいの名前ですが、歩いてみると歴史を
感じさせない普通の道が殆どでした。
4月のW倶楽部の例会でこのコースの一部を歩くので下見がてらの
ウォークです。

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10:00に京阪電車の樟葉駅前をスタート。
旧街道とは全く無縁の大きなショッピングモールの前から進んで行
きます。しばらく進んでいくと今日街道の道標がたっていました。

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京阪電車沿いの道を進み、民家の間の路地を右へ左へ回ります。
しばらく進むと田園地帯が広がる所に出ます。ここからしばらくは
旧街道の雰囲気が残っていました。
田園地帯に出てすぐの所に樟葉砲台跡がありました。

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しばらく田園地帯を進み八幡市駅前へと進んで行きます。
駅前近くから左に曲がり木津川に架かる御幸橋を渡ります。
橋を渡った所の中州が背割提の桜並木です。木津川と宇治川(淀川)
の合流点から連なる堤防で、長さ1.4㎞に渡るソメイヨシノの桜並木
は圧巻です。来月の例会が楽しみです。

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宇治川を渡り淀方面へと進んで行きます。淀水路を超えて京街道から
淀城跡へ立ち寄りました。

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徳川二代将軍秀忠は、元和(げんな)5年(1619年)の伏見城の廃城に
伴い、新たに桂川、宇治川、木津川の三川が合流する水陸の要所である
この淀の地に松平定綱に築城を命じて、元和九年(1623年)に着工し
寛永二年(11625年)に竣工しました。
淀小橋跡の石碑前を進んで行くと、戌辰役東軍西軍激戦の地の碑が
あります。

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幕末の日本人同族の争いでもあり、幕軍・官軍のいずれもが正しいと
信じたるままそれぞれの道へと己等の誠を尽した。然るに流れ行く
一瞬の時差により或るは官軍となり、或るは幕軍となって士道に殉じ
たようです。
ここからしばらく進み、京阪電車の千両松踏切を渡り宇治川の堤防上を
進んでいきました。
淀川河川事務所前を進み伏見港公園に出ます。

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ここから中書島駅方向に進まず川沿いを歩きました。しばらく進むと
先週の京都ツーデーウォークで歩いた龍馬とお流の銅像前に出ました。
川の反対側上に寺田屋が見えます。

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このあたりの風景は何度訪れてもいいですね。川の左側には酒蔵が
並んでいます。

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川沿いから階段を上ると長建寺前に出ます。

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真言宗醍醐派で、島の弁天さんと親しまれています。1699年(元禄12)
伏見奉行建部内匠頭政宇(たけべたくみのかみまさのき)が中書島開発
の際、深草大亀谷の即成就院から塔頭多聞院を分離して創建した。
脇仏は珍しい裸形弁財天で、京都で御本尊が弁財天という寺はここだけ
です。豊臣秀吉没後、徳川3代まで使われた伏見城は元和5年(1619年)
廃城後、伏見の町は衰退し、13代目伏見奉行 建部政宇(たけべまさのき)
は元禄12年(1699年)、壕川を開拓するとき、深草大亀谷の即成就院の
塔頭多門院を分離して現在地に移築し、建部姓の一字と長寿を願いと
名づけたのが寺の起こりのようです。

長建寺から京阪電車の中書島に向かいました。
駅前には長建寺、寺田屋、桃山御陵への道標がたっています。

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プロフィール

ちゅうさん

Author:ちゅうさん
◆日本ウォーキング協会公認ウォーキング指導員・健康ウォーキング指導士
◇2013.01.~07.伊勢本街道完歩
◇2008.06.~2010.04.熊野古道紀伊路・中辺路完歩 ◇2010.04.~2012.03.四国八十八ヶ所霊場歩き遍路結願
◇2009.07.~2010.11.東・西・中・下高野街道完歩・・等
詳細はホームページへ↓
http://letswalking.web.
fc2.com/

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